2010年12月14日

タイ〜カンボジア陸路旅行のプラン例

バンコク〜ポイペト〜カンボジア各地への主要ルート
(西暦2000年頃の話)

<1.ポイペトから>

シェムリアップまでピックアップ(今ならバスがあり楽)
 
シェムリアップでアンコールワット観光
 
シェムリアップからプノンペンまでスピードボート。
トンレサップ湖を下る高速船の7時間の船旅だが、楽しい。

当時のスピードボートは正規料金25ドル、
タケオゲストハウス等で買えば23ドルだったかな?

逆にプノンペンからの上りは少し安かった。
キャピトルGHなら1ドル安く、22ドルだったと思う。
(たぶん、もっと安く買える所もあったと思う)

シェムリアップ港の近くにはスラムがあり、
ゾンビのように彷徨い歩く現地人がウジャウジャ居る。

船が出航して暫くすると、
船上生活者や船上小学校などを見る事ができる。

船のキャビン内に座れない人は、屋根の上で座ったり寝転んで過ごす。

確かトイレは船内にあったと思うが、
乗客がギッシリで便所まで行くのが億劫。

俺は船尾で小便した事があるが、風が巻き込んで竜巻のようになり、
自分にかかったので途中でやめたって事もあった。
 
船がプノンペンに到着したら、
キャピトルゲストハウスなどの客引きが居るので心配なかった。
(以上。たぶん今もスピードボートは運航していると思う)


<2.プノンペン観光>

・キリングフィールド
・トゥールスレン


以上2ヶ所はプノンペンでは男女とも必見のスポットだ。

悪名高きポルポトは、中国から武器供与など様々な支援を受けていたが、
そのポルポトの残虐行為の跡を見て、背筋が寒くなったのを今でも思い出す。


・王宮周辺や川沿いエリア

暇なら行けばよい、という程度のもの。


・シューティングレンジ

要するに射撃場だ。

各種拳銃、ライフル、機関銃から
手榴弾やロケットランチャー(バズーカ砲)まで撃てる。

但、バズーカ砲は前日までに予約が必要。
しかも1発200ドルで、かつ、遠くの山まで車に乗って行かねばならなかった。
軍の演習地の真横にある射撃場では(隣接しているのだ がく〜(落胆した顔) )
さすがにロケットランチャーをぶっ放すワケにはいかないという事か?
(もしかしたら軍の経営かもしれないが・・・)

銃を撃っていると、軍服着たオッサンが車に乗ってやってくる。
そしてトランクを開けると、銃の弾が入った箱が満載だ。

射撃場の従業員が箱を下ろして倉庫に運ぶ。

横流し屋らしきオッサンは、下っ端従業員にコーラの空き缶を並べさせ、
まだ下っ端従業員が射的のすぐ傍にいるのに撃ち始める。

「撃たれる がく〜(落胆した顔) 」

と思ってか、
恐くて走って戻ってくる”いじめられっ子”の下っ端従業員を見て、

(貧乏は嫌だ・・・ バッド(下向き矢印) )

と強く思ったものだった。


・スワイパー
・70番街
・63番街
・マティーニ


この4箇所は、
男性なら一度は社会勉強のために見ておくべき場所だった。
買う買わないは抜きにして、カルチャーショックは必至。


尚、スワイパー観光は昼間が安全だった。
暗くなるとバイクに乗った強盗が頻発。
(現在は壊滅状態にあり、行く価値なし)

モタサイでキャピトルからバスターミナルまで行き(1000リエル=0.25ドル)
そこからウドン行きバスに乗ってスワイパー付近で下車。
(エアコンバス代1500リエル=15バーツだったかな?忘れた)

又は、バイタクで日本橋まで行き、
橋の下から発車する「バイクが引っ張るリヤカー」に乗り、
有名なスワイパーの看板が見えたら運転手に言って止めてもらう。

ドナドナ気分が味わえる情緒たっぷりの乗り物だったね。
(500リエル=5バーツ)

また、一時的に存在した行き方としては・・・

2001年6月にはモニボン通りを走る市内バスが運行開始したが
乗客がほとんど居ないため、2ヶ月で運行中止、廃線になった。

そのバスに乗り、モニボンから日本橋の方へ曲がった所で下車し
(というか、そこがその路線の終点だった)
歩いて日本橋まで行ってリヤカーに乗り換えるのが一番安く、かつ、情緒があった。
(このバスの下車地点からは70番街まで徒歩でも行けた)

市内バスは当初、800リエルでスタートしたんだったかな?
で、誰も乗らないので600に値下げしたんだったと思う。

で、ほどなく1ドルバスという
「スワイパー行き専用ロットトゥー」が運行するようになり、
いちいち公共交通機関を乗り継ぐのが面倒なので大盛況になった。


また、63番街へはキャピトルGHから徒歩5分程度だが、
明るいうちはともかく、暗くなったらバイタクが無難だった。
(当時で500リエル)

ほんの5分ほど歩いているうちに
強盗に囲まれてヒドイ目に遭う人が多かったこと。

強盗は拳銃持った単独犯も多かったが、
ナイフの強盗は3人組というのも多かった。

前方から一人来て、ヤバイと思って振り向くと、
後方には既に2人組が居て、挟み撃ちにされるパターンだね。

また、マティーニからお持ち帰りする場合、
モタサイ3ケツになるんだけど、そこを狙われるのも多かった。

バイクは「運ちゃん+男+女」の3人乗りだと重くてスピード出ない。

拳銃持った強盗は一人とか二人だから、軽いのでダッシュが効く。

アッという間に追いつかれ、前に回られて急停止させられた所を
拳銃突きつけられてホールドアップ。

有り金全部を渡して済む事が多いのだが、
中には拳銃のグリップで頭を殴られる人も居た。
(当然というか・・・頭から血が出る どんっ(衝撃) )

強盗に遭った時のために、財布には20ドル程度入れておき、
残りは全て宿のどこかに隠しておくのがセオリーで、
3ドルや5ドルしか持ってなければ、腹いせに殺されかねない。
(今は強盗もほとんど出ないらしいけどね)

あんな所に住んでたら、逆に健康的な生活パターンになる。
一人だと、夜出歩くのが億劫になってしまうのだ。

或いは、複数でツルんで遊びに行くようになる。

しかし、当時はマジで凄かった。

スワイパーはビックリするような所、
70番街は呆れるような所、
63番街は感動する所、だったね。

つづく




posted by フーフー岡村 at 01:00| Comment(2) | カンボジア旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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