2010年12月15日

プノンペンからの旅行ルート

カンボジア旅行の10年前の状況。
引き続き、昔の手帳からの転載です

<プノンペンから>

−1.
キャピトルのバスでモックバイ経由でベトナムのホーチミンに抜ける。
(当時で6ドルくらい?だったと思う。忘れた)

−2.
コンポンソム(シアヌークビル)でのんびり過ごすのも可能。

−3.
プノンペンからシアヌークビルに行き、
そこから船に乗り、ココン経由でバンコクへ帰ることも可能。

当時、
バンコクプノンペンは、陸路オンリーの旅はもちろん、
コッコン回りの「バス+船の旅」でもプノンペン当日着は無理だったが、
逆のプノンペンシアヌークビルバンコクは、
朝一でプノンペンを出発すれば、その日の夜にバンコクに到着できた。

車だとケツ痛くなるが、船なら多少揺れるだけなので
ひどい船酔いする人以外にはココンルートは人気があった。
日数が短縮できるのもメリットの一つだったしね。

但、シアヌークビルまでのバス代(3ドルかな?忘れた)
船の運賃が15ドル、港から国境までのモタサイ、
タイ側に入ってからのソンテウやバンコクまでの運賃などで、
陸路のルートより割高だった。

なお、数年前からは、プノンペンコッコンは陸路で行けるようになったが、
山賊が出るような所を通るのは、昔はマトモなルートではなかった。

−4.
陸路でポイペトへ戻るなら、まずは
シェムリアップまでキャピトルのバス(当時で7ドル)か、
バッタンバンまでのバス。ピックアップやカムリのタクシーも有り。
バッタンボンへのバスはシェムリアップ行きより1〜2ドル安かった。
(カムリタクシーの乗り心地が一番マシだったね。白タクだけど)

いずれのルートでも、中継地点のどちらかに宿泊する必要があった。
幹線道路でさえ土の道で、凸凹がひどくてスピードを出せないからだ。
(バッタンボン・ルートはまだマシだった。それでも土の道だったけど)

朝7時頃にプノンペンを出発しても、
バッタンバンやシェムリアップに着いたら日が沈んで暗かった、
そんな記憶しかないな〜・・・。

そして、翌日それぞれの宿泊地点から、
ポイペトまでのピックアップ・カムリタクシー等に乗り換え。

シェムリアップポイペトのツーリスト用バスは5ドル。

シェムリアップカーオサーンだと8ドル、値切れば7ドルだったらしい。
俺はカオサンには用がないので、ポイペトで下車していた。

このバックパッカー用バスは
アランヤプラテートフアラムポーン行き列車に間に合うようになっていて、
タイ入国してコンビニ横に行けば、ソンテウが待っている時間帯だった。

多少イミグレが込んでいても間に合うように出発していたと思う。


また、逆にカオサンシェムリアップへのツアーバスは
当時150バーツと破格の安さだったが、チャイナタウン組には不評だった。

と言うのも、
提携のショボいゲストハウス前で降ろされるのがお決まりのパターンで、
カオサンバスの下車地点(終点)から移動できないよう、
わざと夜遅くシェムリアップに到着するのが常套手段だったらしい。
(俺は乗った事がないけど)

ちなみに逆のプノンペンシェムリアップの場合、
キャピトルバスと提携のゲストハウスは比較的良いもので、
タケオゲストハウスより遥かに綺麗で居心地良く、かつ、宿代は同等だった。

こうやって振り返ると、当時はポイペト〜プノンペンが10ドル以上。

外人ツーリスト用の安いバスでガタガタ道を1泊2日で、
しかもケツ痛いのを我慢しながらで12ドル。しかも宿代も必要。

現在は150〜300バーツ(5〜10ドル)、約8時間で着いてしまう。
道路も良くなってバスもVIP仕様(並み)も存在し、快適そのもの。

原油価格が当時の4〜5倍に上昇しているのに、速く快適な旅で、
途中で宿泊する必要がないからか、
却って安くなっているというのがインフラ整備の賜物。

ま、その分、他の物価が上がっているんだけどね。

−5.
どれも嫌だという人は、プノンペンから飛行機でバンコクへ。
当時で80ドルくらいだったと思う。
(空港までのモト代値切って1ドル+空港税20ドル別途必要)


<その他>

両替レートはセントラルマーケット周辺の両替屋が良かった。
旅行者にはキャピトル近くのオルセーマーケットが便利。
キャピトルゲストハウスで両替するのはあまり良くなかった。


以上、当時のメモから転載し、記憶を元に書き加えたので
間違っている部分もあるかもしれない。あしからず。

とにかく現在は、
10年前に比べると楽で便利かつ安くなった。

更にその10年前というと、話を聞く限り悲惨だったが、
俺はその頃の事は知らない。

1993年頃だったかにプノンペンに渡った某さんが
ジュライ組の「プノンペン開拓のパイオニア」と言われているが・・・

おわり




ラベル:プノンペン
posted by フーフー岡村 at 01:00| Comment(3) | カンボジア旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昔の記録をチェックしたら、カンボジアに行ったのは94年でした。

ちょうとUNTACが引き上げたころで、バッタンバン、コーコン、シアヌークビル、シェムリアップを訪問。特に、バッタンバンでは、NHKの取材陣が赤いバンダナを頭に巻いて、クメールルージュの取材とか言ってたのを覚えているw

当時、プノンペンの夜総会は、露スケが100ドル。
今も相変わらずベトナム女性が多いのかな?

そういえば、金井克子の火鍋屋やゴクミの店とか、まだ健在なのだろうかw
Posted by ビアガーデン at 2010年12月15日 13:44
おはよーっす。やっと体調戻って、晩酌にお酒5合飲める迄になりました。
やっぱりくたびれるんですね。ま���50だからしょうがないか。
今回のバンコクでの疑問@
路上のブティック靴で新品のブティックを購入後、今までのブティックを店のおばちゃんに渡してました。あれって、下取りなのかな? バンコクって、水虫ないの?気にしないの?
バンコクでの疑問A 屋台のラーメンに入っている、白い団子はなに?堅い蒲鉾の様な。串にさして焼き鳥風に焼いてたっけ。
バンコクでの感想@ ペニンシュラのモーニングコーヒー、美味しくなかった。

バンコクでの感想A サイアムパラゴンのマンダリンオリエンタルのレストラン。ラム肉ステーキ、めちゃ旨。(^O^)/

まだまだありますが、んじゃ又ね。

Posted by K・SS at 2010年12月17日 06:23
ビアガーデンさん

なんか懐かしいネーミングが (^∀^)
古きよきプノンペンも昔話になりましたね。
私もボケが始まったのか、いろんな名前やネーミングも殆ど思い出せなくなってます。
そういえばUNTACで思い出したんですが、選挙監視に行った日本人が射殺された話もありましたね。
私はその頃のプノンペンを知りませんが・・・
夜総会はクメール系ばかりの店にしか行った事がないせいか、個人的にマティーニの方が好きですね。
夜総会でしたっけ、フンセンの甥が銃乱射して人が死んでも、全くお咎めなしという恐い国でしたね。
タイも似たようなもんですけどね〜くわばらくわばら


K・SSさん

1.
タイ人はサンダルを履くので水虫になりません
靴は見栄張って買うだけで、履かないのです。
床の間に飾るために買うのです←ウソ
2.
ルークチンですね。
私は食べ物の名称をあまり知らないんですが。
知能も低いので、覚えられないんです。
たぶんルークチンという名だったと思います。
「チンチンの子供」という意味です←コレもウソ
3.
コーヒーはスクンビットソイ15の地下街がいいです。
インスタントコーヒーですが、最近はアイスコーヒーの場合、事前に作り置きしています。
粉を溶かして作るのが客に見えるとヤバイ、と、ようやく気付いたようです。
4.
あれは犬肉です・・・って書くと訴えられるので止めます。
Posted by フーフー岡村 at 2010年12月25日 00:05
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